ただ書き始めたらよかった
夜学舎のニュースレターです。
4月から月二回にして、月一回のお知らせと、月一回の読み物でお送りします。
もう少し増えるかもしれません。
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30代の後半のある日、高校生のときに早稲田大学に行きたかったことに気がついた。高校生のころはそれを望みとして自覚する前に、親に「東京に行くんか」と悲しげに言われたのを口実にして、そんな希望ごと打ち消していた。その気持ちを思い出して、自分はなんでもできた時間をものすごく無駄にしてしまったんだろうと落ち込んだ時期があった。
早稲田に行きたかった理由は、高校生のときに好きだった多くの小説家が早稲田出身だったからだ。わたしは子どものころから芸術家に憧れていた。そのとき一番身近な芸術家は小説家だった。
その気持ちは、早稲田にもいかなかったし小説家にもなってないけど、出版社に勤めたり編集者やライターをやって、別の形だけど文とか本に関わる仕事ができたから「早稲田に行かなかったけどいい」とどうにか納得させた。
でも今も時々、胸が痛くなることがある。
自分には無理と握りつぶした自分の弱さのようなものに対して。
勝手にできないとか、もっと上手な人もいるしとか、自分がわざわざやらなくてもなんて思って、望みを手の届かない憧れにして高いところにおいて崇め奉っていたことに対して。
自費出版で『愛と家事』という本を出したあとに、人から「小説を書いてみたら」と勧められて、書いてみたことがあった。それはあまり出来のいいものではなかったので、勧めてくれた人だけに見せて、あとは誰にも見せなかった。
それからいくつか書いてみては、ときどき賞に応募したりしたけど、一次選考にもひっかからなくて、自分の小説はそんなによくないんだなと思ったので、書くことをやめてしまった。売れるとも思えずzineにもしなかった。
また4月から少しずつ書いているけど、びっくりするくらい進まない。ライターの仕事だったら、早くて1日で書けるような枚数がとてもじゃないけど書けない。1日1枚か2枚書ければいい方。それなのに不思議な満足感がある。
小説を書いていると、「自分にしかできない仕事」をしている感じがする。ライターや編集者だって視点や切り口に「自分」が入るから、「自分にしかできない仕事」と言う人もいる。でもやっぱり、自分以外の人がいなくては成り立たないから、本当に自分にしかできないわけじゃない。
この小説の「自分にしかできない仕事」っていう感覚はどこから来るんだろう。保坂和志の『書きあぐねている人のための小説入門』で、考えるために書くということが書いてあった。自分の経験とか人生の中から浮かんできた問を考えることは、確かに「自分にしかできない仕事」だ。
そういう意味では本当の小説家とは違う目的で書いていて不純なのかもしれない。これまで、求められて需要があることをするのが大事だと思っていた。確かに、それをやっていると仕事になるし、承認欲求も満たせる。だけど、せっかくやりたかった仕事をしているはずなのに、ときどきものすごく虚しくなることがあった。
小説は逆だ。求められもしないしお金になるかもわからないけど、満ち足りた気持ちになる。書きたいならもっと早くやれば良かった。崇め奉ったりせずに、手の届かないものにせずに。
若いころの私に足りなかったものにやっと気づいた。怖がる前にただ書き始めたらよかった。
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お知らせ
〇奈良の恒例ブックイベントGIVE ME BOOKSに出店します。夜学舎はふうせんかずらさんのブースにて出る予定です。
イベントは2日間ですが夜学舎の出店は4.22(土)11:00-17:00のみです。
日時 4.22(土)11:00-17:00 4.23(日)10:00-16:00
場所 奈良県コンベンションセンター 天平広場 JR奈良・近鉄奈良 バス15分/近鉄新大宮 徒歩15分
〇山形の吉勝制作所ガレージさんのイベント「カルチャー・編集・ローカリティ – 地方で本をつくること、そして売ること」で『言葉の地層』を販売してもらいます。
山形のデザイナーの吉勝製作所さん、盛岡の書店のブックナードさん、京都のカルチャーサイトのアンテナ編集部さんの合同イベントです。
日時 2023年4月23日(日) オープン時間:11:00〜17:00 /トークイベント:15:00-16:00