鯉のぼりのにおい
この季節、農村地帯を走る高速道路からは、時折、農家の庭先に大きな鯉のぼりがそよいでいるのが見える。農村地帯を貫く高速道路は、人が住んでいるところよりも高いところに作られているから、バスの窓から段々畑やため池が飛んでいくように見える。それを見下ろしながら、鳥の目線もこんなだろうかと思う。
景色には冬なら茶色が、夏なら緑色が多くなる。田畑や山やため池に交じって、民家の瓦の銀鼠、壁の焼杉の黒、あるいはトタンの茶色や青がぽつぽつ見える。色の少ない景色の中に、5月だけ彩を添えるのが鯉のぼりで、晴れて風の強い日には、遠くからでも矢車、吹き流し、真鯉、緋鯉、小鯉の黒、赤、青、緑、黄色なんかが見える。
農家の鯉のぼりはたいてい大きくて、竹林からそのまま取ってきたような長い竹竿を使って揚げる。上には滑車がついていて、ひもを引っ張ると、鯉は国旗掲揚のときの旗のようにするすると登っていく。4、5匹いるから重くて、とくに風の強い日は、揚げているそばから鯉のぼりがそよいでしまうので、子どもの力だけで揚げるのは無理だ。
夜になると、垂れ下がった鯉のぼりを下ろして仕舞う。天気のいい風の強い日に1日中揚げた鯉のぼりは、干した布団のようなにおいがする。
実家で鯉のぼりを揚げていたのは弟が小学生の間だけで、子どものいない私には鯉のぼりはもう無縁のものになった。
都会にはうちがたくさんあるけど、5月の訪れを知らせてくれるのは、コンビニやスーパーの食べ物のパッケージに描かれた鯉のぼりのイラストで、本物の鯉のぼりが出ているうちはほとんど見ない。
それでもふいに、子どものころに見たような、うちには跡継ぎがいると言わんばかりの鯉のぼりに出くわすと、たまらない気持ちになる。
思い出すのは、息苦しくて懐かしい、布団のような鯉のぼりのにおいだ。