日本から来た中年女性
仕事をやめて台湾に引っ越してから3週間が過ぎた。
毎日することは掃除と洗濯とごはんを作ること。自分がライターをやっていたのも日本語教師をやっていのも空手道場に通っていたのも、もう何年も前のことのようだ。
ところが、来て3週間も経つのに暑すぎて外に出るのが嫌になるし、中国語のメニューが読めなかったりお腹を壊すかもしれないという心配で、あまり外出していない。行くところはスーパーとホームセンターだけ。前の私だったらもう少しアクティブだったのにどうしたんだろう。
日本にいたときの私は、常に自分に「何者」かのラベルを貼って安心していた。「編集者」とか「ライター」のときは文章が書けるとか、本を作っているとか、出版社に勤めたことがあるとか、文章や本でお金をもらっているとか。「日本語教師」のときは、資格を持っているとかどの教材を教えられるとか。「会社員」のラベルのときは、税金を払っていることとか、毎日8時間週5で働いていることとか、正社員であることとか、扶養を抜けていることとか。とりあえず自分にそのラベルを貼っておいて、「何者」からしく振舞えば、一人前の人間になったような気がして社会で大きな顔をできると安心していた。
でも今は自分の携帯電話番号すら持っていなくて、お金も一円も稼いでない。ただの日本から来た中年女性で、毎日ただ食べて寝て家事をしているだけ。だから、なんでもいいから台湾で「何者」かでいられる自分に貼れそうなラベルがほしい。
どんなラベルなら貼れる? 大学に行けばどうか、どこかの日本語教師の職に応募すればどうか、家にいてもできるオンラインの仕事はないか、手あたり次第にできそうなことを考えてみるけど、やろうとすると身がすくんでしまう。
そして、日本にいたらとつい考えてしまう。
お金も稼いでいたし、運転もできたし、会社毎日働いていた。自分は有用で有能で社会に必要な人間だと思えていた。それになにより、ライターも編集者もやめたけど、本を売るイベントに行けば本が売れて読者と出会えて、自分は「作家」だと思えていた。
おこがましいことに、私は商業出版としてのライターや編集者をやめても、自分のレーベルでも本を出して文章を書いているから自分のことは「作家」だと思っていたようだ。でも、売るものと売る場所がなくなったら、自分を「作家」とすら思えない。
ほんとに?
じゃあ、なんで文章なんか書いているんだろう?
まだ、誰かに見出されたいと思っているの?
それとも、アフィリエイトや課金で稼ぎたいの?
話題になってちやほやされたいの?
やっぱり、ただの趣味?
「作家」というラベルをはがしたって、やっていることは同じなのに、ラベルがなくなったとたんに自分のやっていることを自分で下げてしまう。
それってなんなんだろう。
「何者」かでいることでしか自分の価値を感じられなくて「何者」かでいることに意味があるって思っていた自分。
それに意味を見いだして生きてた自分。
そんな自分って、なんなんだろう。
そうでもしなければ社会に居場所がないとでも思っていたのだろうか。
今思えば私は「何者」かになったと思ったとたんに、「何者」かでいることが目的になって、「何者」につまんなくなるということを繰り返してきた。
「何者」かでいることが目的だと、そのラベルを自分に引っ付けるのが目的だから、それが達成されたら「何者」かでいることが面白くなくなってしまう。そして別の「何者」を目指したり、自分が間違った「何者」かになってしまったのではないかと後悔したりしていた。
でも、ほんとうにおもしろくて楽しいのは「何者」かに「なろうとすること」で、「何者」かで「いる」ことじゃない。
空手道場に行くのは、「空手をやっている人」になりたいからじゃなくて練習そのものが楽しいからだ。
ものを書くのは「作家」になりたいからじゃなくて、書きたいことがあったり書くことが楽しいからだ。
いくらお金を稼ぐのが目的でも、ものすごく苦痛なことは仕事として続けられない。ライターだって編集者だって日本語教師だって、ただお金が欲しいだけじゃなくて、本を作ることや書くことや教えることが楽しいと思ったから続けられていたんだし。
大切なのは「何者」かで「いる」ことじゃなくて、「何者」かで「あろうとする」ことのほうだ。
だから、ほんとうに大事なのは行動の方だ。
資格やそれでお金を稼いでいるかなんて、ラベルを補強する材料でしかない。その人が「何者」かを示すのは、何よりも行動の方だ。私はずっと前に何かの本で読んだ、書いている限り作家だ、という言葉の意味がわかっていなかった。
その文章が言いたいことは、作家かどうかは賞の受賞や文章でお金を稼いでいるか否かではなく、書き続けているかどうかを見ろということだった。
それなのに私は、ラベルばかり見ていた。
私は自分に手っ取り早くわかりやすく「何者」かわかるラベルをくっつけることで、自分のできなさやもどかしさを塗りつぶしたかった。
今私にはなんのラベルもない。
だからといって、それがなんなんだろう。
日本から来た中年女性って、その通りだ。それ以上でもそれ以下でもない。
ただの事実にわざわざ自分に「何者でもない」なんて言って、自分に価値があるとかないとかジャッジする必要があるのだろうか。
お知らせ
以前からお知らせしておりましたが、夜学舎は台湾に引っ越しました。現在ははてなブログで台湾生活を書いています。
https://kokeshiwabuki.hatenablog.com/archive/category/%E5%8F%B0%E6%B9%BE
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