自分の浅はかさと向き合う
はじめに
パレスチナのニュースは毎日はチェックしていないけれど、ふとしたときに思い出しては、心の中に冷たい水をかけられて、そして今の自分がとてつもなく悪いことをしているような気分になります。
アフガニスタン攻撃のときも、イラク攻撃のときも、ウクライナのときも、3・11のときも能登の地震のときもそんな気持ちになりましたが、パレスチナのニュースはそれだけではない、もっと自分の足元が揺り動かされるようなインパクトと耐えられなさがあります。
イスラエルのパレスチナ攻撃が始まって以来、アラブ文学が専門の岡真理氏の講演などを見るようになり、今まで信じていた価値観に対して、疑問を持つようになりました。
そのような、今まで信じてきた価値観の崩壊や、その価値観が何によって立つものなのか知り、その価値観を信じてきた自分の浅はかさのようなものに向き合わなければならない感じに耐えられないのかもしれません。
今回は私が見て大変影響を受けた、2月13日に開催された岡真理と農業史研究者の藤原辰史が登壇した公開セミナー「人文学の死―ガザのジェノサイドと近代500年のヨーロッパの植民地主義」を中心に、何に衝撃を受けているのかについて書いてみたいと思います。
とても長いので、興味のない方は今回ははじめにとお知らせだけごらんください。
講演の内容については、動画をご覧いただくか、こちらの動画の起こしをお読みください。
岡真理の講演
入植者植民地主義(セトラー・コロニアリズム)
衝撃を受けたことの一つに「入植者植民地主義(セトラー・コロニアリズム)」という考えがあります。私は8年ほど前カナダに住んでいましたが、移民社会の多様性と自由さに目を開かれ、無条件に称揚していた部分がありました。しかし、その「多様性」と「自由さ」が何に基づいているのかを全然見ていなかったことに気づかされました。
「入植者植民地主義(セトラー・コロニアリズム)」とは、もともといた先住民を追い出して、その土地を新しく入ってきた人(入植者)に与えることで、その土地を支配しようとするもので、特にアメリカやオーストラリア、カナダ、日本でも北海道がそれにあたると言われています。
カナダに住んでいた時は、カナダが多文化主義を国是としていることを素晴らしいと思っていたのですが、「入植者植民地主義(セトラー・コロニアリズム)」という点から見ると、植民地支配の正当化のためのロジックという部分もあるのではないかと思うようになりました。
また、第二次世界大戦中にカナダは日系人の市民権を取り上げて強制的に移動させたのですが、それに対して謝罪し、補償していることに対して尊敬の念を抱いていたのですが、それも一面的な見方だったのではと感じるようになりました。というのも、藤原がシンポジウムで
『その向き合っている「歴史」とは何か。レーガン時代、クリントンの時代もだが、アメリカは第二次世界大戦中に日系人を強制収容所に入れたことを国として謝罪した。そうした過去の不正が謝罪され、補償されることは正しいことだが、その振る舞いには「われわれは正しく反省することができる国家なのだ」というものがある。では、アメリカが本当に過去の歴史的不正に向き合っているか? といえば極めて恣意的だ。先住民の独立運動も今もって抑圧しているのだ。』
と述べていたことは、カナダにも当てはまることだったからです。
カナダは先住民に謝罪し、和解を進めているのですが、しかしやはり依然として先住民の自殺率は高く、土地の利権をめぐってさまざまな問題が起こっているそうです。
その和解がどこを向いたものなのかまで考えてなかったことに気づきました。
話は変わりますが、私は北海道が好きなのですが、それは地元の人が移住して開拓した村があって、つながりを感じるからでした。しかし、それが誰の土地だったかということについて全く考えたことがありませんでした。
ところが、カナダの先住民のことを知るうちに、アイヌについても、例えば、鮭の漁業権や北海道大学などが研究のために持って行った遺骨返還問題など、たくさんの問題があると知りました。カナダと違ってアイヌは「先住民」ですら疑うような言説があること、また「先住民の権利」といったことが理解されてないことなどもあって、より問題は深く、難しい面があるとも知りました。
プロパガンダ
私は大学のときは歴史をやりたいと思って進学したのですが、そのきっかけの一つが、NHKの『映像の世紀』の「ホロコースト」の回を見たことがきっかけでした。「ホロコースト」はあったことであり、決して否定されることではありませんが、それが政治的に利用され、イスラエルのパレスチナ入植を正統化する資源として使われてきたことを知って、ショックを受けてしまいました。同じく公開セミナー「人文学の死―ガザのジェノサイドと近代500年のヨーロッパの植民地主義」では、藤原が戦後「ホロコースト」を生き延びて「イスラエル」建国したという物語がいかに正当化され、ドイツ史の中でも正史と扱われるようになり、政治的に利用されてきたかが詳細に述べています。
自分はただのプロパガンダに乗せられて進路を選んだんじゃないか、それは何かを学びたいというよりもただの「ショック」により、知らなければと思わされただけではないか、という気持ちになってしまいました。
ところで、私の趣味は映画を見ることですが、ある日不謹慎だと思いながら「毎年毎年どうしてこんなにナチスとかホロコーストがらみの映画が公開されているんだろう。正直、ちょっとおなかいっぱいだな」と思ったことがありました。それについても、シンポジウムで橋本伸也が、
『ホロコーストの記憶が、アメリカによって奪われ、アメリカの政治問題となった(略)。(ホロコーストが)ハリウッド映画などを通じて日本に普及された。それが非常に心を打つ映画だから、みんながホロコーストに胸を痛め、その犠牲者たちに共感した』
と述べ、映画産業において、ホロコーストは外せないテーマになっていることがわかります。ただの映画趣味が、パレスチナ支配につながるような気がして、なんだか怖くなってしまいました。
歴史戦
最後に、私がこのような議論に大変興味があるのは、私が学生だった2000年初頭は、第二次世界大戦をいかに記憶するかが話題となっていて、自分もそういった分野で何か研究したいと思っていたからでした(手に余ってほんの一部しかできませんでしたし、視野が狭くて不出来なものだったと思います)。その中でよく見かけたのが、岡がシンポジウムで言う
『日本の「記憶の内戦」といわれていた90年代、「ドイツは過去の侵略加害の歴史に向き合い反省しているが、日本は反省していない」という図式で、「ドイツは日本が見習うべきモデル」のように紹介されていた』
という部分です。私もその図式を信じていたところがありました。しかし、岡はそれがどういう結果を招いたのか、以下のように続けます。
『結局ドイツはパレスチナを犠牲にしてユダヤ人への罪の罪滅ぼしをしてきた。同時にそれは、パレスチナ人をドイツの過去の犯罪の新たな犠牲者にすることだったということだ。
そして、今まさに民族浄化をおこなうイスラエルを擁護・支援し、同じことが続いている。つまりドイツが反省したといっているのは、ヨーロッパのユダヤ人を大量殺害したことであって、レイシズムや植民地主義を反省したわけではないということだ。
(略)
さらには、トルコ系、アラブ系など中東から来た移民に対して「ホロコースト教育」なるものがされており、「過去の克服」に向き合っているドイツを敬う、あるいはドイツの加害の歴史に対してみずからも同じ加害者として向き合うことが、善良なドイツ市民の条件だとされている。』
つまり、戦争の記憶、負の記憶が、その国のアイデンティティとなって、それと向き合う姿がその国のソフトパワー(軍事力や経済力によらない外交上の強み)になっていると指摘しています。
ドイツの「反省」もカナダの「多文化主義」も一種の「ソフトパワー(軍事力や経済力によらない外交上の強み)」の一つでしかないとしたら、ちょっと今までの自分は単純すぎたのではないか。自分にも欧米崇拝の「レイシズム」があったのではないかと考えてしまいました。
もちろん藤原が何度も講演で警鐘を鳴らしたように、これら議論は一歩間違うとホロコーストはなかったとか、ユダヤ支配の陰謀といった話に転びかねない危うさのある議論ではあります。しかし、このようなことを知るにつけ、自分はプロパガンダに乗せられたり、ショック療法的に進路を選んだりしているだけではないのか。自分でものを考えているようでいて、いわゆる「西側の物語」に乗っかっていただけではないのか。という疑念がわいてき、自分の浅はかさに落ち着かない気分になります。
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お知らせ
【イベント】
「日本語を教えるという経験から考える
―アジアを読む文芸誌『オフショア』がお送りするトークイベント―」
アジアを読む文芸誌『オフショア』第一号では、いくつかの掲載作品で、日本語サロンや言語交換、アジア出身者への日本語教育にかかわる話題が偶然出てきました(得能洋平「西成、福清、小白兎」、太田明日香「40の目」「わたしはあなたの名前を呼べない」、鈴木並木「理由のないスープ」)。
そこで今回のイベントでは、日本語教師として活動する太田明日香さん、ボランティアとして日本語学習支援活動を行ってきた得能洋平さんを語り手に迎えてトークイベントを行います。まったく違う立場で、日本語学習をする外国籍の人たちと関わってきたお二人に、それぞれの経験や、活動のなかで感じられていることを伺ってみます。
語り手:太田明日香、得能洋平
聞き手・司会:山本佳奈子(オフショア発行人)
2024年3月30日(土)
START 16:00
会場:MoMoBooks
〒550-0022 大阪府大阪市西区本田4-9-13
【月報】
『夜学舎月報1月号』ネットプリントに登録しました
全国のローソン、ファミマ、ポプラのコンビニプリントから印刷できます。ミニストップでも順次印刷できるようになっているということです。
3月10日午後3時頃まで
両面A4サイズ、40円
プリント番号はこちらになります
44B4GAT5FP
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