デレク・ハートフィールドを探し回った日々
デレク・ハートフィールドは村上春樹の『風の歌を聴け』の僕が尊敬している架空の作家だ。
村上春樹を読んだのは中三のときだ。地元の島に一軒しかないミスタードーナツで行列に並んでいるときに読み始めてその日のうちに読み終わった。正直なんでこれが流行ったのかよくわからなかった。
中三のときインターネットはまだなかった。周りに村上春樹を読んでいる友達はいなかった。中学のときは暇なときは国語便覧に載っている作家の本を読んでいた。選び方は顔が好きなタイプかどうかと、話が面白そうかどうか。ミリオンセラーとなった村上春樹は吉本ばななと並んで田舎の中学生でも知っていた。ちなみに私の好きな顔の作家は太宰、中也、芥川、島崎藤村、わかりやすい。
村上春樹の小説が神戸が舞台というのは知っていたが、私の知っている神戸はせいぜい元町商店街、大丸、高架下、そごう、三宮駅周辺程度。バーとか港とか、小説に出てくる神戸は私の知らない神戸だった。
村上春樹の描いた神戸というのは、高度経済成長により浜が埋め立てられポートアイランドと六甲アイランドができて、様変わりした町の姿を哀惜するという雰囲気があったが、私はその神戸を知らなかった。しかもその新しくなった神戸さえ、震災で壊滅的にやられていた。つまりは近いといっても知らない町の知らない物語だった。喪失感を理解するのに14歳はまだ若すぎた。
今もあまり代わり映えしないが本の読み方は芋づる式だ。その本に出てきた本とか作家を読んでるいうちに最初の本から随分遠くへ行ってしまう。翻訳小説を読んだことがほとんどなくて、デレク・ハートフィールドを読んでみたいと思って、図書館に行った。
図書館の翻訳小説の棚の「あ」から探す。外国文学の棚には置いてないし、有名な作家がいそうな岩波文庫にも入ってない。当時はまだ検索システムは入ってなくて、検索はもっぱら紙の検索カードだった。それをまた「あ」から順に探したけどなかった。私は当時かなり自意識過剰で、本屋などで自分の買う本の書名を見られたり、知られたりするのが嫌で、図書館でレファレンスを利用するのがどうしても恥ずかしくてできなかった。それでしょうがないのでもうあきらめた。
何年か経って評論とかを読むようになったときに、デレク・ハートフィールドが架空の作家だと書いてあってものすごくショックを受けた。きっと、村上春樹のファンや、都会の大学生や知にアクセスできる人たちにとっては当然のことだったのだろう。
デレク・ハートフィールドを探し回った日々のなんとまぬけだったことか。もうあんなふうに本と私だけの世界を味わうことも、あんなふうに作者を神聖視することも、ものすごく読みたいという情熱をもって本を探し回ることもないだろう。無知だったけど、今よりも本に対する愛や情熱はたくさんあった。
本と私の間には余計な情報は何もなくて、私と村上春樹だけの世界だった。そんなふうに本と向き合う時間を味わえたのは、無知でまぬけでも幸せだったのかもしれない。
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