普通
先日、元小説家の豊島ミホさんが小説家をやめた経緯を綴った『大きらいなやつがいる君のためのリベンジマニュアル』を読みました。
十年人を恨み続けて腐り、そこから脱するまでの道のりが書いてあります。 胸がぎゅっとなる描写もあるが読めてよかった一冊でした。
本では小説家をやめた経緯について赤裸々に描かれているのですが、まるで私が編集者をやめた経緯を見てそのまま書いてるのかと思うくらいそっくりで(売れっ子商業作家と比べるのもおこがましいのですが)、びっくりしてしまいました。全ページに付箋をはろうかと思ったほどでした。
豊島さんはポッドキャストで小説家の山本文緒さんとの思い出を語っている回で、小説家をやめた経緯についてお話されています。そのなかで山本文緒さんが豊島さんが小説を書くのをやめたことに対して「生きることを中止しないためだった」と書いた言葉を借りて、「このまま小説を書いていたらこの先引き返せないような道につながっていて、それがうっすらわかっていたから引き返せるうちに引き返そうと思った」というようなことをおっしゃっていました。
それを聞いて、いままで私はなぜ自分が編集の仕事を辞めたのかうまく説明できなかったのですが、そういうことだったのかとやっと理解できたような気がしました。
こじつけかもしれないのですが、私もこのままやっていたらダメになるという気持ちがどこかでありました。
何がどうダメになるのかうまく言えないのですが、ここ数年は本の内容よりもとにかく人と比べてあいつがどうこうみたいなことしか言わなくなってきていました。何かを作りたいとか何を書きたいといったことよりも世間に受けるものは何かとか、どうやったらもっと売れるのかとか、あんなふうに売れるにはどうすればいいのかとかそんなことにしか関心がなくなって、仕事を始めた頃に抱いていたような面白味も理想もどんどん薄れてきていました。そんな私に愛想をつかし、離れていった人、逆に嫉妬心などの小さな心により自分から離れた人もいます。そんなことが続くと、自分の性格もどんどん悪くなっていくような気がしました。
去年は夏からずっと就職活動をしていました。
日本語教師としてもっと成長したいという思いがでてきたのと客観的に見ても、日本語教師をとりまく社会情勢、将来像を考えたときに一度は専任を経験しておいたほうがいいと思ったからです。年齢的にも早いほうがいいから、就職するなら今がチャンスでした。
しかし、一方でうっすら負けたと思っていました。好きなことを仕事にし続けられなかった自分、在宅フリーランスから会社に属さないといけない自分、雇われないといけない自分を認めることができませんでした。そういうのは子どもじみた愚かな考えだとわかっていても、止めることができませんでした。
多分私は、「書く自分」や「本を作る自分」であることに対して、単なる職業以上の思い入れを持っていたのだと思います。このような、なるのが難しく、芸術や知的なことに関わる職業に携わっていることに誇りを持っていました。それを通じて、平凡な自分が特別な存在になれたような気がしていたのでした。そして、特別な自分じゃないと生きてる価値がないような気さえしていたのです。
それが、会社員になることでそのベールがはがされるような気がしてなりませんでした。自分でもそんな一種の中二病的な考え方をしていたことに今更驚きました。
豊島さんは、小説家を辞めたあとライターになって、今はご結婚されて出産して専業主婦をしているそうです。
ポッドキャストを更新されていますが、文章は書いておられないようです。
書いてないことが、新鮮な驚きでした。なんていうか、それは、普通でいいんだ、普通であることを受け入れていいんだということを、豊島さんを通じて発見したような感じでした。
特別な私じゃなくても生きていける。
書いて、本を出して、表現者になって特別なことをしなくたっていいんだ。
それでも生きてていいんだ。
この3年ほど袋小路にはまったような気持ちになっていましたが、豊島さんの存在を知ったことで、ものすごく希望を持てました。
それは私がまた何かで一発逆転できる希望じゃなくて、書かなくたっていいんだという希望でした。
私は4月からまた会社員に戻ります。
その仕事をやりたくて就職しますが、やっぱり時々自分は芸術家なのにみたいな気分になるときもあります。でも、自主制作に関しては、自分の実力で行けるのはここまでとわかり、やりたいことはやりきったという気持ちもあります。
書くことはやめないと思うけど、それはいままでとは違った形になると思います。
私には書いて食べていくことは無理でした。
でもそれは不幸せなことではないと思います。
特別な私という魔法は解けてしまいました。普通の、凡人の自分を受け入れ、どう生きることができるか、これからがんばってみようと思います。
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