書く人は手が疲れる
土曜社という出版社から出ている整体対話読本というシリーズがある。
整体指導者・川﨑智子の講座を編集者の鶴崎いづみがまとめたものだ。今まで「ある」「お金の話」「子どもと整体」「表現と体癖」が出ている。
私はこのシリーズを愛読しているのだが、ワークショップには行ったことがなかった。たまたまイベントが京都であるということを知り、先日行ってみた。
ここで言う整体とは、野口晴哉が創設した野口整体のことだ。整体に興味を持ったのは、『風邪の効能』と整体対話読本がきっかけだ。
野口整体は、ちくま文庫から野口晴哉の『風邪の効能』という本が出ているので、知っている人もいるかもしれない。正直、この本は専門用語というか、整体の独特の用語が多すぎてよくわからなかったのだが、要は人間は風邪をひくことでこれまでのゆがみを調整しているというものだ。風邪は治すのではなくて、体を通過させるものだ、という言葉が印象に残っている。
私はそれまで風邪をひいたら反省していたが、これを読んでから風邪をひいてゆがみを調整しているだな~と思い、風邪をひくことをポジティブに捉えられるようになった。
この「整体対話読本」シリーズはもともと美術をやっていた鶴崎いづみさんが体の調子が悪くなり、美術をやっていて整体師になった川﨑智子さんとワークショップをやるようになり、そこでの会話が本となったもので、「制作と体」という点がフォーカスされているのが特徴だ。
まず、整体では体癖という概念を知ることが重要だ。ウィキペディアによると、体癖とは、”人間の感受性の癖を表す概念。”だそうだ。野口はそれを重心や腰椎の歪みなどいろいろな要素を鑑みながら、12種類(10+2種類)に分類した。このイベントでも、表現と体癖がどうかかわっているかということがメインのようだ。ようだ、というのは、わたしが正直体癖の概念をあまり理解できていないせいだ。
ワークショップでは最初に川﨑さんのお話しがあって、毎回美術をやっている人の参加が多いようなので、「美術をやる人は目が疲れる」とおっしゃっていた。私は書く人について興味があったので、作家はどうですかと聞いたら、手が疲れるという。
そのあと、外に出て各自5枚写真を撮って、その写真を見て話をした。川﨑さんのお話しの仕方は独特で、例えば「3番目に撮ったものを挙げてください」と言ったときに、「3番目」の解釈の仕方を順番なのか、いいと思った順位なのかと質問した参加者に対し、「あなたの思う3番目」です、というふうに答えていて、自分からは指定しないのが印象的だった。川﨑さんによると、要は無意識が現れるのが3番目とか4番目なので、どちらでもいいということだった。
私は目についたものをぱっぱと撮っていったが、3番目に挙げたのが丸い赤い木の実で、4番目の写真も似たようなものだったので、自分は無意識に丸い赤いものに惹かれているのがわかった。
撮ったときの体勢や写ったものから、いろいろお話が広がるのだが、なんとなく思い当たるような節があって、ちょっと怖くなった。
体を診る人というのは本当にささいなところからとっかかりを見つけて、どんどん原因に近づいていくようなところがあっていつも驚いてしまう。川﨑さんも例にもれずそんなタイプだった。
私は若い頃は占いやスピリチュアルやセラピーや体のケアに対して懐疑的で、自分の努力でどうにかなると考えてきた。しかし、だんだん自分の努力ややりたい気持ちではどうにもならないことが増えてきて、だんだんそういったものにも興味を持つようになってきた。このシリーズは、コロナ禍の最中に出版の仕事に行き詰ってしまい、友人が勧めていたのを見て手に取った。
最初読んだ「ある」と「お金の話」に、モノづくりをするのは、作ってしまう人であって、作らなきゃと思っている人ではないとか、モノづくりの前にまずは自立する必要があるとか、高い絵具をすっと買ってしまえるようなお金の使い方をできるかどうかは、生まれ育ったうちのお金の使い方が関係あるというようなことが印象的だった。
これらの主張は、一見、生まれでつき持ったもので将来が決まると言っていると誤解されそうだが、私はこれを読んだ時、そうではないと感じた。
それまでの私は近代社会が前提としている「生まれ育ちに関係なく、何にでもなれる」とか、「人は自由だ」というような価値観で生きてきていた。しかし実際は、仕事をしていた出版業界の人がうっすら共通認識として持っていたような価値観に対してなんとなく肌が合わないと感じつつ、それは私が間違っているからで、がんばって合わさないといけないと思っていた。
それまでの私は、理想の鋳型に無理に自分を変形して当てはめようとするばかりだった。ところがこれを読んで、無理に合わないと思っているところで自分の気質を曲げると歪みが出るし、人間には生まれ持った気質みたいなものがあって、それをうまく伸ばせる方向や伸ばし方をする必要があるのではないかと気づいた。そこからす~っとつきものがおちたようになって、転職しようと考えられるようになった
整体は私に、人生はなるようにしかならない、人には生まれ持ったものがあって、それをうまいこと生かすしかない、自分からは逃れられないという、いい意味でのあきらめを教えてくれた。
つまり、整体を通じて人生には自己受容が大事だと気づいたのだ。そして、体癖は、あなたがこうという決めつけというよりかは、自己受容の手がかりに必要な、生まれ持った気質を理解する手がかりなのだと理解した。
こういう体癖だからこうしなきゃ、じゃなくて、こういう体癖だからこういうやり方をしてみようみたいにすると、ゆるく付き合えていいのかもしれない。
張り詰めて生きるよりも、気楽な気持ちで生きるのが一番だと思う。
さっそく最新刊の「表現と体癖」も手に取った。
これからもこのシリーズを楽しみにしている。



