遠いところに来た
通勤途中でツイッターのおすすめに出てきた早乙女ぐりこ『速く、ぐりこ!もっと速く!』。文フリや自主制作本から著者を探し、生活系エッセイや日記本を出す百万年書房の暮らしレーベルからの商業デビュー作。
もう一つ流れてきたのが、出版社2社を戦力外通告、ダメ元で夏葉社にバイトさせてもらえないか頼んで1年バイトさせてもらった秋峰善のnoteの日記本『夏葉社日記』が増刷のおしらせ。
私にもあった、そんな時代。
2社目で企画出せず契約終了、3社目でいきなり切られてフリーになって、これから本を作るんだと息巻いていた時期。商業デビューが決まって、私も文筆家の仲間入りかと浮かれていた時期。
4月から日本語学校に就職した。
平日は朝起きて、通勤電車に乗り、9時から6時まで働いて帰宅。合間に家事。
先週教えたのはであるの作り方。
「ます」をとって「である」をつけられるのは、形容動詞と名詞だけ。
たとえば「元気だ」は「元気である」、「日本」は「日本である」。
ちなみに国語では形容動詞だけど、日本語教育では「な形容詞」と呼ぶ。
動詞と形容詞は、「である」じゃなくて、動詞なら「~る」の形、形容詞は活用しない。ちなみに形容詞は語尾に「い」がつくから、日本語教育では「い形容詞」といっており、動詞は「ます」の形が基本形と教えている。
すると、「違います」は「違う」、「おいしいです」は「おいしい」となる。
けど、品詞の見分けがつかいない学生は、「違うである」とか「おいしいである」とかにしちゃう。
そのたびに、新鮮な驚きがある。
間違えた学生には、まず品詞の違いを教える。そして、動詞は活用を思い出させる。そこでやっと、「違うである」を「違う」にできる。
今、わたしの教えている学生は初級が終わったところ。初級文法は一通り終えたけどまだ自由には使いこなせない。読解は800字程度の評論や意見文。文学を味わうなんてまだまだ。そういう学生たちがさきほど挙げたような本を手に取ることはきっとない。
はあ、なんて遠いところに来たんだろう。
日本語が母国語であることや、運用能力があるのが当たり前の人に対して使う日本語とは全く違う日本語を使う毎日。わからないことが前提の、毎日の生活で使う日本語とはかけ離れた日本語を使う世界。
アクセントが違ったり、助詞が抜けたり、形のくずれた漢字、点のうちまちがいや線が一本多かったりすくなかったりするひらがなやカタカナを毎日見ている。
昔いた、句読点の位置で喧々諤々やったり、誤字脱字がないか目を皿のようにしていた仕事からはかけはなれた日本語と接していると、遠いところに来たなと思う。
どっちがすごいとか、高度なことをやっているとか言いたいわけじゃない。
少し前までは出版の世界でやれなかった自分を、そこから追い出されて島流しにあったように受け止めていた。前いたところはチカチカ電気が灯って毎日お祭りみたいでにぎやかで楽しそうだなと思うことはある。でも、今はその灯がすごく小さく見える。
岸を離れて、自分は茫々とした静かな海を漂っている。
耳をすませば聞こえてくるたくさんの声。
今まで雑音だと思っていたけど、それは学習途上の日本語で、そこには今までメディアや流通に乗らなかったことばに満ちている。
母語話者たちの間で流通している日本語で商品を作る仕事から、外国語として日本語を扱う仕事へ。
なんて遠いところに来たんだろう。
同じ言葉を使っていても正反対の世界にいることに、自分でも今でもときどき驚いてしまう。
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お知らせ
・4月20日
NAKANOSHIMA ZINE’S FAIR出店
『翻訳文学紀行』を出していることたびさんと一緒のブースで出ます。
イベントは21日までですが、出店は20日のみです。
会場:アートエリアB1
〒530-0005
大阪府大阪市北区中之島1丁目1−1
京阪電車なにわ橋駅地下1階
時間:12:00〜18:00
・出店中
堀川新文化ビルヂングで開催中の「三富2024」に夜学舎で出店しています。
新作はありませんが、『B面の歌を聞け』2号、3号、『書くことについてのノート』『片付けで人生変わった?』『言葉の地層』などいつものラインナップのほか、毎月ネットプリントで出している月報をまとめて売っています。
91組100名を超える作品が勢ぞろいしています。
ぜひ遊びにきてください。
三富2024
期間:2024 / 4 / 13 〜28
時間:10:00〜19:00
場所:堀川新文化ビルヂング 2F
〒602-8242
京都府京都市上京区皀莢町(サイカチチョウ)287
(堀川商店街北側)2階
Tel 075-431-5537